当時自分はエンジニアの人材派遣会社に登録してそこから仕事を紹介してもらっていた。いわゆる「客先常駐」というやつだ。仮に常駐先をA社としよう。実際にはA社の社員という肩書きでI社に常駐していた。身入りは会社員をやっていたころよりもずっと良かったが、派遣会社に相当抜かれていることは薄々感じていた。
派遣会社を通した1年契約も終わりに近づいた日、ダメもとでA社の部長に掛け合った。
「部長、自分と直で契約してください。」
「ああ、いいよ。一人月〇〇円でどうだ」
「そんなにもらえるんですか」
「派遣会社のK君にはこの事は言わないように」
「わかりました」
K氏は派遣会社の私の担当者だった。K氏には1年契約が終わったら更新しないことを告げた。
K氏「次の仕事はどうするんですか」
「それはあなたに言う必要はありません」
「今辞められると困るんだよ。部長に対してもうちの面目がたたないじゃないか。引き抜かれたのか?」
「…」
「あなたが言わなくてもこちらで次の仕事先を調べさせてもらいます。クレームを入れますよ」
「…」
暗澹たる気持ちで部長に相談した。
「A君、そりゃブラフだよ。その程度でびびっちゃいかん」
「ブラフ」自分はその一言で目の前が明るくなった。かけられていた魔法が解けたような気持ちだった。
K氏「あなたの行き先を調べさせてもらいますよ」
「どうぞご自由に」
自分がまだフリーになったばかりの頃の話だ。今はもうA社もその派遣会社もない。